
世界を視野に、ビジネスモデルが見えた。
麻生要一
株式会社ニジボックス 執行役員
*ニジボックスとは: MTL を卒業し、『ニジボックスが生みだすコンテンツで、すべての人々が心豊かになる、好きがみつかる、広がる。そんな世界をつくる。』をミッションに、モバイルサイトやスマートフォンアプリなどのデジタルコンテンツサービスの企画・運営・受託を行っている企業。
はじまりは、携帯サービスを作りたい→ターゲットは女子高生だな、だった。
僕はリクルートに入社して6年目なんですが、3年目当時、新規事業の社内公募に応募するとけっこういい参加賞がもらえたんですよ。自転車とかゲーム機とか。「出さなきゃソンだ」と考えた案が、「リクルートのモバイルコミュニケーションサービスを作ろう」というもの。もともとモバイルに興味があったし、リクルートが雑誌メインの会社からネットの世界へ踏み出すタイミングにも重なった。すんなり予選を通過することができて、半年後の本選に向けてインキュベーションが始まりました。各プロジェクトにオーナー役員がつき、事業化プランとしてきっちり練り上げていくんです。当時、僕は広告媒体の営業でした。「システムのわかる人間をチームに入れよう」と、オーナー役員から紹介されたのがMTLのエンジニアだった山本さん。ここからMTLとの関わりが始まりました。山本さんとはニジボックスが分社化された今に至るまで、二人三脚で事業を前に進めています。
このときは「携帯ならではのコミュニケーションって?→PCのSNSと何が違う?→顕在化していない世の中の「不」はないか?」とプロットを立て、プランを作り込みました。「クローズド、かつゆるいコミュニケーションツールが求められてるんじゃないか」と、親しい友人だけで会話するツイッターみたいなサービス(当時ツイッターは、不特定多数とのコミュニケーションが主流でした)を企画。かわいらしいインターフェースで作ってテストしたら、とんでもないPV数が出て。これが決め手になって2009年3月の本選を勝ち抜き、事業化が決定。翌4月から山本さんと僕を中心に、MTLでプロジェクトチームが発足しました。
「携帯電話の使用時間、1日平均500分」とはなんだ?!

ハモニナで作成した日記
プロジェクト発足後にまず行ったのは、マーケティング調査でした。コンテストの時は、深く考えずに「携帯をよく使う人たち=ターゲットは女子高生」と置いたものの、確証がほしくてマクロミルの定量調査を実施しました。すると、「日本でいちばん携帯電話を使っているのは、実は"10代のフリーターの女の子"だった」という実像が見えてきました。彼女たちはの携帯接触時間は、なんと1日平均500分。これはなんだと。(ちなみに20代サラリーマン男性は20分です。)彼女たちをターゲットと定めて、次に行ったのは、直接ターゲットユーザーを招いてのグループインタビュー。「どんなテレビを見て、どんな風に暮らしてる子達なの?その500分、どんなコミュニケーションをしているの??」とヒアリングを重ねるうちに、数字だけでは見えてこなかった「消費者の顔」が見えてきました。「ファミレスで3時間友達としゃべった後に、すぐ同じ友達のミクシイを見たりしている。でも直接メールを打つのは苦手」「直接のコミュニケーションは重い、でも大事な友達との繋がってる感は人一倍強く求めている」という心情が見えてきて「面白そうじゃん、絡ませてよ」と仲間に加わってくれたクリエイターの皆さんとブレストするうちに「交換ノート」というコンセプトが生まれました。2009年4月に発足したプロジェクトでしたが、7月にはサービスのコンセプトが固まって開発開始。その年の11月8日に晴れて最初のサービス「ひとこと交換ノート ハモニナ」をリリースしました。
愛を持って開発したサービス、なんとか盛り上げたい...奔走するうち、桁違いのビジネスが見えてくる
いよいよリリースしたものの、驚くほど利用者数が伸びない。施策がことごとく外れていくのです。ターゲットセグメントしたランディングページも、アフィリエイトも、バナー広告も...結果を出せない。ツラい半年が過ぎて(笑)次の半年は「利用者を増やすためにできそうなこと」を、MTLのディレクターたちと考えては片っ端から実践していったんです。最初に着手したのがユーザーのクラスタリング。一定のロジックで分類し、アクセスした時に見えるコンテンツを変えて、ユーザーと丁寧にコミュニケーションを取る。今のニジボックスでは当たり前なサービス運営の原型がこの時にできました。メルマガもターゲット別に、ものすごい種類出しましたし...投稿型コミュニティ企画、コアユーザー向けイベント、徹底的な不買者調査、etc.,etc...ここに挙げたのはほんの一部で、およそ思いつくことを全部やりました。打ち手を打ち始めて3ヶ月が経つ頃からでしょうか、利用率がみるみる改善していって。MTLのディレクター陣の優秀さに、ほんとうに助けられました。クラスタリングひとつとっても、どういう定義で切っていくかで効果は全然変わるし、そこはディレクターのセンスが光る領域でしたね。

ニジボックスが産み出してきたサービスの数々。各サービスの詳細はこちら
そこまで来て、次の壁が見えました。モバイル上の交換日記サービスを、お金を払って使ってくれる人が1000人も2000人もいるというのはすごいこと。でもこのまま頑張っていって、利用者100万人になるかというとあまり現実味がない。ビジネスモデルの限界みたいなものが見えたところに、ニジボックス設立の転機となる出来事が起こりました。新しく、ギャル好きのメンバーがMTLにやってきたんです(笑)。そして、僕らのプロジェクトに配属されて、ギャル向けのサービスを開発したいと、「ハモニナ」をそのままギャル仕様のデザインにスライドした「ハモキラ」を、ものすごい情熱とスピードで作ってくれたんです。インターフェースが違えど、同じ内容のサービスが果たして受け入れられるのか。最初は半信半疑でした。でも、なんとこれがうまくいって、利用者数がちゃんと積み上がった。コンテンツを増やしていくことが、ビジネスとして成立させる鍵だ、ならば、コンテンツを産むプロセスをとことん効率化して、最大限スピーディな開発とリリースをしよう、という打ち手が見えてきました。
ソーシャルアプリのバブルが到来。世界市場を視野にニジボックスを設立。
1年かけて「ハモニナ」を開発し軌道に乗せたプロセスを、どれだけ効率化できるかの勝負だと思いました。5人がかりで3ヶ月かけて開発し、6人で半年かけ軌道に乗せたものを、現在ニジボックスでは1人のプランナーと1人のエンジニアが2週間で作るところまで効率化できていますが、「ハモニナ」の開発で、キャリアごとの課金システム対応などの開発面と、あらゆる手を尽くしての利用促進・運用面を積み上げて効率化してきたことが、今につながっていますね。同時に、mobageやGREEなど国内のSNSがオープン化したことによって「ソーシャルアプリ市場」のバブルが到来しました。この領域に僕らのサービス開発の思想を持ち込めば勝てるのではないかと参入を果たし、勝ち筋が見えたことをもって分社化の起案まで一気に駆け抜けました。2010年11月にニジボックスはMTLを卒業し、新会社としてスタートを切りました。

20代で執行役員になりました。「やるね」と言われることもありますが、僕の仕事はMTLのいちプロジェクトリーダーの時代となんら変わらないと思っています。会社HPにも記載されているDNA。「世界で一番愉快な仲間と、世界で一番愉快に働く」そんな組織を作り、これから急激に成長する世界のデジタルコンテンツ市場で、日本の新しい産業を作る。MTL時代から言いつづけてきたビジョンに向けて、できることを一生懸命考えて、あらゆる打ち手を積み重ねていくことだけです。組織が膨らむにつれて、日々責任もプレッシャーも大きくなっていきますが、毎日ワクワクするし、やりがいの方が大きい。とにかく昔も今も、この環境と仲間に心から感謝です。これからもこのワクワクが続くように、しっかり頑張って結果を出し続けるだけです。