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周りの協力を得ながら想いを叶える方法とは? -エシカルファッションプランナー鎌田安里紗さん WOMAN CAREER Lab Vol.1レポート

2017/03/14

– みなさん、今日着ている服はどこで、誰が、どんな風につくられたかを知っていますか?

そんな言葉から始まった、『WOMAN CAREER Lab.』。

この『WOMAN CAREER Lab.』は、個を活かした新しい働き方をされている女性をお呼びして、さまざまなお話をうかがう勉強会です。毎回、各業界で活躍されている女性をお招きし、SNSコンサルタントで今回のファシリテーターを務めていただく石井リナさんとお二人で、キャリアについて熱いトークを繰り広げていきます。参加者も、女性限定!まさに、女性による女性のためのイベントが実現しました。

その第1回目のゲストは、モデルとして10代、20代の女性たちから支持を得ながら、エシカルファッションプランナーとして活躍されている、鎌田安里紗さん。

「年齢も場所も関係ない!やりたいことを本気で実現する自分と周りの動かし方」と題してお話しいただいた登壇内容を、本レポートでたっぷりとお伝えしていきます。

(今回は、体調不良により石井リナさんが欠席されましたので、リクルートの社員がファシリテーターとして代役を務めさせていただきました。)

 

年齢も場所も関係ない!やりたいことを本気で実現する自分と周りの動かし方

 

ファッション業界のシステムが引き起こした事故

まずは最初に、みなさんに聞きたいことがあります。

みなさん、今日着ている服はどこで、誰が、どんな風につくったかを知っていますか?
なかなか手が挙がらないですよね。

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最近は、ほとんどの服が海外でつくられるようになってきています。インターネットも発達して、グローバル化も進んで、企業も生産コストは安い方がいいということで、海外で作られる服がどんどん増えてきています。そして、普段自分たちが着ている服がどんな風につくられているのか、誰がつくっているのかが見えにくい時代になってきました。
でも、私たちが着ている服も、このマイクでさえも、必ず地球上の何らかの資源を使って、誰かがつくっていて、それを誰かが運んでくれて、私たちの手元にやって来るんですよね。

そんな中起きたのが、ラナ・プラザの倒壊事故です。

この事故は、2013年4月24日にバングラデシュの首都ダッカの近辺にある縫製工場が倒壊して、1,100名以上の方が亡くなった事故です。この工場では、みなさんも知っているような世界的に有名なブランドの服がつくられていたので、当時世の中に大きなショックを与えた事故です。どうしてこんな事故が起きたのかというと、もともと5階建てだった建物に、違法に増築をして、8階建てにしていたんです。それはなぜかというと、できるだけ早いスピードでたくさんの服をつくりたかったから。
よく“ファストファッション”という言葉を耳にしますが、最近は流行りの服を安い値段で買うことができるようになってきました。そして、それらは“ファスト”という言葉がつくように短いサイクルで販売されます。なので、ブランドも安い値段で服をたくさんつくりたい。そのために、工場の各階にできるだけ多くのミシンを置くので、その電源を点けるたびに揺れる。おまけに、そのミシンの電力を補うために各階に発電機を置く。その発電機も揺れる。
そんな状態が続いていたある日、建物にヒビが入っていたんです。それを見た工場で働く女性が「(崩壊するかもしれないので)働きたくない」と訴えたんですが、工場長は「働いてください」と言って。そして、ミシンの電源を入れた瞬間に、建物は崩れてしまいました。

これは余談ですが、この時、工場長がものすごく責められたんですね。でも、ブランドから絶対に期日を守れと言われてやったことなので、工場長だけが悪いわけではないし、ブランドだけが悪いわけでもないんです。でも、ブランドがどうしてそうしなければいけないかというと、安い服が売れるから
ということは、私たち消費者は全く悪意がないつもりでも「安い服がいい」ということばかり言っていると、私たちの“買う”という行動が、こういう事故を引き起こしてしまうのかもしれません。

 

ファッション業界の闇を救うエシカルファッション

ファッション業界には、労働者の待遇以外にもたくさんの問題があります。
ある論文では、女性が洋服にかける金額は年々減っているけど、購入点数は増えている。つまり、安い服をいっぱい買っているという研究結果が発表されています。ほかにも、ファッション業界が排出する二酸化炭素の量は、石油産業に次いで第2位だったり、Tシャツ1枚つくるために必要とされる水は2,900リットルだったり、様々な問題があるんです。びっくりですよね。

その解決方法の1つとして、エシカルファッションがあります。

ファッション業界は華やかな印象がある一方で、資源の枯渇や生産者の人権侵害問題を引き起こしています。そういうことを、考える機会をつくりたいと思って、私は活動をしています。

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エシカルファッションを直訳すると「倫理的なファッション」。
でも、このままではよくわからないですよね。
なので私は、“洋服が自分のところへやってくるまでの過去と、買ってから捨てるまでの未来を含めてファッションを楽しむこと”と伝えています。
普段、みなさんはかわいい服を見つけたら、服の手触りを確かめたり値段を見たり、目の前にある服と向き合って買うかどうかを決めますよね。でも、どんな服にも、どこでつくられたのか、環境への配慮がされているか、どういう思いでつくられたのか、などのストーリーが必ずあります。それを開示しているブランドも最近は増えてきていて、そういうブランドで服を買うとデザインや値段だけではなくて、その背景も含めて服を選ぶことができます。そうして買った服には、愛着を持てますよね。そんな想いを込めて、“エシカルファッション”というものを私は自分なりに定義しています。

 

エシカルファッションを広げていく取り組み

普段はこういうことをイベントでお話したり、ブログやSNSで発信したり、商品企画を行っています。今日着ている服もそうで、誰が、どこで、どんな風につくっているのかを公開しているエシカルファッションブランドと一緒に企画をして、商品をつくっています。
People Tree』というブランドさんと企画をした時には、いっしょに手編みの手袋とポーチをつくりました。ポーチは、ベースのカラーは白とグレーなんですけど、アクセントになるカラーの部分だけはネパールの女性の編み手さんが好きなカラーを選んで編んでいます。なので、お店で見つけて「いい配色だなあ」と思ったら、気が合う編み手さんがネパールにいるということ。そういうことも楽しみながら買ってもらえたらいいなと思っています。

私がこの活動をしている中で、大切にしていることがあるんです。それは、できるだけ生産者のところに行かせてもらって、実際に現場を見てからつくること。ニットアイテムをつくった時も、ネパールの生産者さんに実際に会いに行きました。
ネパールではまだ男尊女卑の考えが残っていて、女性が仕事をやりにくい現状があります。そんな今の環境を変えて、女性たちの自立を支援していこうという思いで、活動されている団体さんといっしょに商品をつくらせてもらいました。そうすることで、主婦の方が家事や子育ての合間に編んだり、学生が学費を稼ぐために編んだりすることができています。毛糸と編み棒だけで仕事ができるため、より多くの人に仕事を提供できているのだと思います。

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もう一つ、取り組みとして行っていることはエイチ・アイ・エスさんと共同で開催している『スタディツアー』です。今までにカンボジアやインド、スリランカなどに行って、洋服がつくられる現場を見に行くというツアーを行ってきました。
Tシャツに使われるコットンの最初の姿を見に行くというツアーでは、実際にコットンを摘むのを手伝わせてもらったり、そのコットンを使ってハンカチを織ったり…。あとは、某有名ブランドの工場に務めていた女性たちが、「最低賃金を下回っているので賃金を上げてくれ」と合法的なステップを踏んでストライキしたところ、不当にクビになったという話を聞きに行ったりもしました。参加者のみなさんは、そのブランドが普段から目にしているものだったので、なかなかの衝撃を受けたようです。
大きな会社になればなるほど、商社を挟んで発注しているので、自分のブランドの服がどんな状況でつくられているのかを把握しきれていない。なので、当然そのブランドにも、悪意はないんです。そのブランドから工場に調査員を送っても、工場長がその日だけちゃんとしているように見せることもあるので…。でも、仕事を切られないように工場長もがんばっているので、工場長も悪気があるわけではない。これはシステム上の問題で、誰かのせいにして片づく問題ではないと思います。

 

14歳の時に受けた衝撃が、原体験に

14歳の時に、家族旅行でインドネシアのバリ島に行ったんですね。
その当時の私にとって、バリ島はハワイのようなイメージでした。南国で、ゆったりとした空気がながれていて、みたいな。でも、バリの空港から一歩外に出ると、自分よりも小さな子どもたちが集まってきて「お金をちょうだい」というわけです。今だったら違うかもしれないんですが、その頃の私はバリ島に対して何の知識もなかったので、すごく衝撃を受けました。
そのあと日本に帰ってきてからも、ずっとそのことが気になっていて、いわゆる貧困問題といわれる問題をどうにかした方がいいんじゃないかと考えるようになりました。それが、今の活動を始めるきっかけになっています。

わたしは高校入学時に、上京をしました。中学3年の夏にどの高校に行こうかと考えた時、直感的に国際学科に行きたいなと思ったんです。でも、(地元の)徳島県内に唯一あった国際学科の高校はすごく校則が厳しかった。当時の私はギャルファッションが好きで、髪も茶髪に染めて、日焼けサロンにも行っていたので、そういうことが許される高校に行こうと思ったんです。北海道から沖縄まで高校のホームページを片っ端から調べて…。それで、東京に出てきました。その高校は外国人の生徒もけっこういるので、髪色も何色でもいいよという学校でしたね。
上京してからは、憧れだった渋谷の109でアルバイトを始めました。そんな時、アルバイトの休憩中に109の前で「モデルにならないか」と声をかけられて。その雑誌がたまたま自分も読んでいた雑誌だったので、出られたらうれしいなと思ってモデル業を始めました。
でも、学校には真面目に通っていました。3年間の学生生活の中で、休んだことはほとんどないです。熱が出ても、関係なかったですね。高校の3年間は学校に行って、アルバイトをして、モデルをやってという生活でした。

 

フェアトレードの仕組みを活用した商品づくり

私が最初につくった商品は、高校2年から3年にかけてつくったもので、フィリピンの貧困層と言われている方たちが住んでいる村の伝統の刺繍技術を使ったバッグとヘアゴムです。

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ことの始まりは、高校1年か2年の時に「アフリカに学校を建てよう」というようなボランティアの募集があって、それに応募したことでした。その応募先の企業の方が、私が雑誌に出ていることをたまたま知っていてくれて、その人から「このプロジェクトのリーダーをやってください」と言われたので、私も「やります」と二つ返事で引き受けました(笑)。
それで、NPOやJICAの方、企業のCSR部門の専門の方を紹介してもらって自分で話を聞きにいくということをしていたんですね。その中で、ある方に話しを聞きに行った際に「学校をつくるというのはよくある企画だけど、やらないでほしい。ハコがあっても先生がいなければ教育システムは回らないし、逆に迷惑なんだ」と言われてしまって…。
それで、そのプロジェクトは中止になってしまったんです。でも、その時にチャリティーは一方的で自己満足になってしまう時がある、ということに気がついたんですね。

そのあと、プロジェクトが白紙になってしまったので、「ありちゃん(鎌田さんの愛称)、全部決めていいから企画を考えて」と言われたんです。そうしていろいろ調べていくなかでフェアトレードの存在を知って。貧困層の方に仕事を提供してきちんと賃金を払って、その人が自立する。かつ、私たちは商品をつくってもらって、それを売ることができる。この対等なやりとりは「いい!」と思って、アパレル商品をつくって売ろうと決めました。そうすれば、買ってくれた人にも貧困という問題のひとつの改善策としてフェアトレードという方法があるということを知ってもらえるかもしれないと思ったんです。
そのことをいろんな人に言っていたら、フィリピンの貧困層の方たちとつながっている方に出会って、いよいよこのプロジェクトが始まりました。実際にフィリピンに行って、商品をつくって、売って…。バッグとヘアゴム、100個ずつくらいかな。ブログには、どうしてこういうものをつくったのか、貧困問題に対してこの商品がどう価値があるのかを伝えたら、すぐに売れたんです。

印象的だったのは、「貧困問題やフェアトレードに興味を持ちました」というコメントをいっぱいもらえたこと。日常の会話にはのぼらないような難しい話でも、発信の仕方次第では響くんだなと感じましたね。

 

情報発信のツールとしての芸能活動

この時、私は高校3年生だったので、受験勉強をするために「専属モデルを辞めます」と雑誌の編集長に話していたんです。大学受験の方が優先順位が高かったので。でも、芸能活動をしているとこういった商品企画の仕事をした時に、発信の場やツールとして使えるんだなとも思うようになりました。

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やっぱり多くの人に認知されているということはすごく得なことで、なかなか学校の先生や親に言われても興味を持てないことでも、自分の好きな俳優さんやモデルさんが言っていることだったら興味を持ってくれるのかなって。なので、大学に入っても芸能活動を続けようと思いました。

今の大学を選んだのには、2つ理由があります。

1つ目の理由は、仕事を続けると決めたので、自分の裁量で授業を決められる学校じゃないと嫌だったから。1年生って、けっこう必修科目が多くて忙しいですよね。でも、せっかく大学に行くなら休むのはもったいないし、いやだったので、週2日、1限から6限まで授業を詰め込んで。それで、学校がある日は絶対に仕事は入れないようにしましたね。
もう1つの理由は、当時のわたしには貧困問題をビジネスで解決したいというビジョンがあったので、そうなるといろいろなことを学ばないといけない。今の大学の総合政策学部は、何年生からでも好きな授業をとれるんですね。例えば、3年生になって突然、経済学を学びたい!と思ったら、経済の入門編の授業を受けることができる。どの授業にも1年生から4年生までいて、自分のキャリアに合わせて授業を組めるんですよ。

でも、もしかしたらこういう風にきちんと理由を言えるのも、今だからかもしれませんね。当時は直感で、こっちかなという風に物事を判断していたので。

 

実際に生産者に会いに行くスタディツアー

大学4年生の頃に始めたのがスタディツアーです。
それまでも、トークイベントで私が現地で見てきたことを話すという活動をしていたんですけど、それはあくまで私の感性を通しての話であって、人によっては感じ方が違うかもしれない。実際に見に行って、自分の感性で感じてもらって、自分の体験として何かを持ち帰ってもらった方がいいんじゃないかと。それに、なかなか一人だと海外に行けないし、怖い。周りに興味がある友達がいない。そういう声があったので、それならみんなでいっしょに行ったらいいんじゃないかなと思ったんです。それで、スタディツアーの企画が始まりました。
みなさんご存知かもしれないですが、ツアーを企画するには資格がいるんですよね。それを当初は全然知らなくって。それで、会う人会う人に「こういうことがやりたいんです」と話をしていったんです。そうしたら、「エイチ・アイ・エスさんとスタディツアーを企画しているんで、手伝いますよ」とある方に言ってもらえて。

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まずはコンセプトをつくって、そのツアーから得られそうな学びみたいなものを設計して、そのためにはこういう人に協力してほしいというのをお願いして企画をしていきます。でも、細かいところは現地の人の協力がないとできないので、専門的なことは教えてもらってアドバイスをもらいながらいっしょにつくっていくという感じで進めています。

 

問題を自分で感じて、考えて、共有してもらう

最近では、アパレルブランドの『EVERYDENIM』さんといっしょに企画をしてデニムをつくりました。“エシカルファッション”という言葉は使っていなんですけど、「つくる人と使う人の距離を縮めたい」というコンセプトを掲げているブランドさんで、岡山の児島という地域でデニムをつくっています。“MADE IN JAPAN”と呼ばれるデニムは、ほとんどこの児島でつくられているんです。
“MADE IN JAPAN”というと質もいいですし、なんとなく“いい”イメージを持つじゃないですか。でも、働いている人はけっこう大変な状況で、工賃も安くて。実際に児島の工場を見せてもらったんですが、一本のデニムができるまでにたくさんの工程があるんですね。布をつくるまでの工場、裁断の工場、縫製の工場、加工の工場で大きく4つに分かれているんですが、縫製の工場に行くとほとんどの方が中国人なんです。“MADE IN JAPAN”なはずなのに“BY CHINESE”という状況で。
それはなぜかというと、工賃が日本の最低賃金を割ってしまっているので日本人を雇えない。それで、中国から研修生というかたちで来てもらっているというんです。そして、その人たちは2、3年すると帰っていくという状況です。それ自体は、中国人の若い女の子たちと岡山のおばちゃんたちが和気あいあいとやっていていい雰囲気なんですが、その研修で来た女の子たちが2、3年で帰ってしまうということは、日本の技術を持って帰ってしまうということなんですね。

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さらに、児島で2、30年働いていた日本人がヘッドハントされて、中国の工場の技術指導者として中国に行ってしまうことも増えているらしいんです。やっぱりそっちの方が、お給料がいいとのことで…。そうなると、どんどん日本の技術が中国に流出していってしまう。そうなってしまうのが嫌だ、日本の職人さんにもっとスポットライトを当てて技術を残していきたいという考えを持っているのが、『EVERYDENIM』さんなんです。
その『EVERYDENIM』さんとつくったデニムは去年の11月に発売されて、今年の3月には実際にそのデニムをつくる現場を見に行くツアーもやる予定です。買った人は、自分の履いているデニムをつくった人に会いに行けるし、現場を見に行けるんですよ。そういうのって、単純におもしろいですよね。
それで、そのツアーに参加してくれた人に“エシカルファッション”について伝えていけたらなと。

でも、重要なのはその考え方が伝わることなので、言葉自体は何でもいいんです。エシカルファッションだろうと、何だろうと。単純に自分の着ている服が人の手によってつくられているんだということを実感したり、それをつくっている人の顔が見えたりすると、毎日着る時に満足度や心地よさが違うと思うんですよね。そういう考え方に触れる機会になったらいいなと。

でも、それも自分の考えを押しつけちゃいけないなとも思っていて。
自分で感じてもらって、自分なりに解釈してもらうプロセスを共有しないと、誰かを批判して終わりになってしまうと思うんです。なので、このツアーや企画を通じてそのプロセスを共有できたら、世の中から少しは対立や批判が減るんじゃないかなと思っています。

そういうことを通じて結果として環境の負荷が減ったらいいし、働いている人が傷つく現状も減ったらいいんですね。

 

何をするにも、一人じゃ実現できない

今回、こうしてトークイベントのお話をいただいて、“個”で働くために何がポイントなのかを考えてみたんですね。大前提として思うのは、一人じゃ何もできないということ。“個”で働くというと、誰にも頼らずに生きていくというイメージが強いんじゃないかなと思うんですが、実際に自立している人って、すごく人に頼り上手というか。自分ができないことは、できる人に任せるというような感じなんですよね。
なので、何かをやりたいと思ったらひっそりと計画していくというよりも、とりあえず周りの人にやりたいことをどんどん話してみる。「こういうことをやりたいんだけど、詳しい人知りませんか?」というように。今振り返ってみると、私はそうしていたなと思うんですよね。誰にも頼らずに突然できたらかっこいいんですけど、できないからかっこよさは諦める(笑)。商品企画もスタディツアーもそうなんですよね、発信していたから実現することができたんです。

自分がほんとうに好き、ほんとうにやりたい、という感情を外に出すのって意外と怖いじゃないですか。「えっ、そんなのやるの?」とか「その考え方、古いね」とか言われたら傷つくじゃないですか(笑)。だからといって、黙っていたら何も実現できないので。

「そんなことできないよ」とか言われる時もあるんですけど、負けずに自分をどんどん出していく。そうしないと誰も助けてくれない。私自身もまだ出し切れていないと思うので、心の奥の想いみたいなものをできるだけ格好つけずに出していくことが、これからの挑戦ですね。

 

時間の関係で、トークはここまで。このあと鎌田さんには、大学院での研究内容について少し説明していただいたり、参加者からの質問に答えていただきました。そして、懇親会へと突入し、鎌田さんと参加者全員で乾杯!みなさん、鎌田さんと楽しくお話をされていたようです。

参加者のみなさん、今回の講座はいかがでしたか?組織に所属するのではなく個人で働いている方や、今後、鎌田さんのように新しい生き方を切り拓いていきたいと考えられている方は、たくさんのパワーをもらえたイベントとなったのではないでしょうか。鎌田さん、本日は貴重なお話をありがとうございました!

WOMAN CAREER Lab.は、第6回まで続いていきます。ぜひ、女性のみなさん!次回の参加をお待ちしています!

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