News

でんぱ組.incの生みの親、もふくちゃんが登場!波乱万丈な軌跡について語る -WOMAN CAREER Lab. vol3

2017/05/09

 

「これまでのアイドルは、男の人のものだった。だから私は、女の人も共感できるアイドルを作ろうと思った」

そうおっしゃるのは、もふくちゃんこと福嶋麻衣子さん(以下、もふくちゃんと呼ばせていただきます)。何を隠そう、アキバ系アイドルとして今や知らない人はいないほどの人気アイドル、でんぱ組.incの生みの親です!

今回は、そんなもふくちゃんにWOMAN CAREER Lab.にご登壇いただき、どのような経歴を経て音楽プロデューサーのお仕事をされるようになったのか、でんぱ組.incの誕生秘話など、たっぷりお話しいただきました。

ファシリテーターは、COMPASS編集長でSNSコンサルタントである石井リナさん。女性目線で、みんなの気になるあんなことやこんなことを聞いていただきました。終始笑いの絶えなかったおもしろすぎるトークセッションの様子を、本レポートでたっぷりとお伝えしていきます。

 

『未開の地を切り開く!未経験から音楽プロデューサーへの軌跡』

170307_01

才能がない。そう気づけたことが、プロデューサーの原点

リナさん
さっそく、自己紹介をお願いします!

もふくちゃん
もふくちゃんこと、福嶋麻衣子です。アイドルユニットのでんぱ組.incやPUFFYさんとか、いろんなアーティストの楽曲のプロデュースをしています。あとは、秋葉原にある『ディアステージ』という飲食店や『MOGRA』というDJバーの運営をしています。

リナさん
ありがとうございます。肩書きを聞かれたら、もふくちゃんはなんて答えられているんですか?

もふくちゃん
音楽プロデューサーという肩書きでいたいなと思っているんですけど、実際には芸能のマネジメントに近いことだったり、飲食店の経営のお手伝いだったり、たまにメディアに出たり…いろいろなことをやっていて。会社もはじめて、社長とか経営者と紹介されることもあるんですけど、自分にはそういう肩肘張った感じは似合わないと思っています。

リナさん
いま、複数の会社さんと取り引きされていたり、ご自身で会社を持たれたりしているとのことですが、具体的には何社くらいとお仕事をされているんでしょうか?

もふくちゃん
つい最近、合同会社をひとつ立ち上げました、テキトーカンパニーっていう(笑)。私がテキトーな性格なことから名付けた会社で、個人で受けた仕事などをそこでやっているという感じです。あともうひとつは、イラストSNS『pixiv』の経営陣と前から仲がよかったので、彼らに「アイドルやりなよ!」とけしかけて、アイドルを作るということをやっています。なので、週の半分は『pixiv』にいますね。それから、秋葉原の『ディアステージ』。あとは、エイベックスさんで「わーすた」というアイドルユニットのクリエイティブの担当をやっているので、エイベックスさんに行くこともけっこうあります。

リナさん
大きく分けて4つのお仕事をされているとのことですが、どのくらいのバランスでそれぞれのお仕事をこなされているんですか?

もふくちゃん
いまは『pixiv』さんとの仕事の割合が多いかな。あとは、バランスよく…。でも、音楽のプロデュースってシングルの発売時期とかで波があるので、月によって違いますね。自分が飽きやすい性格なので、いろんな会社と仕事をすることが合っているなと。いまは楽しみながらお仕事できています。

リナさん
それでは、ここからはそもそももふくちゃんは何者だったのかということで、学生時代から振り返っていきたいと思います。大学は東京芸術大学ということですが、どんなことを学ばれたのでしょうか?

もふくちゃん
芸大に50年ぶりにできた音楽学部の音楽環境創造科というところで勉強をしていました。それまでは、国立音楽大学の付属の高校に通ってクラシックの勉強をしていて。でも、クラシックの世界で仕事をしていくという気持ちはまったくなく。またアートの世界にも興味があって、その勉強をしてみたいと思っていて。でも、私は絵が描けるわけではなくて音楽しかできない。そんな時、音楽とアートの架け橋となるような勉強ができる音楽環境創造科を見つけて。そこには、アートのマネジメントだったり、DTM(デスクトップミュージック)の作り方だったり、そういうものを教えてくれるとの触れ込みがあったんです。

170307_02

でも、1つ騙されたなあと思っているのが、キャンパスが茨城の取手だったこと。
上野で学ぶと思っていたのが取手になったので、その時の凹み具合はけっこうすごかった…。しかも、取手の駅から専用のバスで20分行かないと着かない…。
ラッキーだったのは、当時はまだ新設の学科だったので授業がちゃんと揃っていなくて、半分くらいはアートのコースをとれたこと。色彩学だったり、アートマネジメントだったり。ほんとうに僻地だったので、勉強しかやることがないんですよ。4年間、楽しく勉強できました。

リナさん
いい環境だったんですね。

もふくちゃん
結果的には、よかったですね。近くの駅にスタバができた時は、みんなで盛り上がって(笑)。

リナさん
学生時代に勉強したことで、今の仕事に通じていることや勉強しておいてよかったなと思うことはありますか?

もふくちゃん
学生時代からというわけではなくて、わたしは小さい頃からパソコンとかプログラミングがすごく好きな女子で。それこそ、高校の頃からプログラマーのバイトをして小銭を稼いでいたんですよ。

リナさん
ええ〜、すごいですね!

もふくちゃん
それで大学生になってからも、プログラミングや音楽の勉強ができて。4年間けっこうストイックに勉強していて、『Java』を勉強したり。4年間、山にこもった結果、プログラミングである程度のものを作れるような技術を身につけて。今、IT企業の人とかと付き合いも多いんですけど、その時になんとなくでも共通言語があってよかったなと思うし、音楽もクラシックだけじゃなくて幅広く勉強できたことと、自分が描くわけじゃないけどアートの勉強をできたことはよかったですね。

プロデューサーって実はオーケストラの指揮者といっしょなんです。全ての楽器を熟知していないと指揮者をできないように、音楽のこともアートのことも全て浅く広くでも知っていたことはよかったなと。とにかく毎日ライブに行ったり、展覧会に行ったり。

リナさん
音楽プロデューサーっていうと、感性で仕事をしている人みたいなイメージがあったんですけど、もふくちゃんは『Java』の知識があったり…、けっこう驚きです。

もふくちゃん
私の場合、“もふくちゃん”って名前もおかしいから、とんでもない奴が来るんじゃないかと思われるんですけど、意外と普通なんです(笑)。

でも、私の周りはみんなけっこうクレイジーでした。芸大って言うこともあるんですけど、やっぱり才能があふれている人って、コントロールができないからどんどん落ちていっちゃうとか…、すごく才能があるのにビジネス能力がゼロで何も売りこめないとか…。そういうのを学生時代に肌で感じて「私がいつか、こいつらを救ってやらないと」って思ったんですよ(笑)。

リナさん
アートや音楽の知識もありながら、ビジネスセンスもあったから、みんなを救えたんですね。

もふくちゃん
ビジネスセンスというかはわからないんだけど、私は芸大に入って最初にショックを受けたのが、自分が才能のない人間だとわかったこと。でも、それはすごくよかったことだと思っていて。

才能のある人間の中で、平凡な私ができることは何かを考えたんですよ。そうしたら、ちょっとおかしい人とおかしくない人の間に入れるんじゃないかと思って。通訳ができるぞ、みたいな。そういうことをやっているうちに、だんだんネゴシエーションがうまくなってきて(笑)。相手がこう言ってきているけど、これをこのままあの人に伝えたらやばいな、とかを無駄に考えたりしていて。

そんな体験をして社会に出てみたら、社会人の人たちの方がよっぽど普通な人たちだったから、翻訳がすごく楽で。それまで重いものを持ってずっと鍛えていたのが、社会に出て全部外れて…軽くなったような。それで、社会でも通訳の作業ができたので、自分が経営をできなくても経営ができる人にアドバイスをもらってなんとかやってこれたというか。多分、その道のプロの人たちにつなげることが私の才能なんだろうなと思ってやってきたので、もう今日のトークはこれで終わりかも(笑)。

 

自己資金ゼロ、未経験で始めた秋葉原の『ディアステージ』

リナさん
その後、大学を卒業されてからは?

もふくちゃん
新卒でアートのギャラリーに就職しました。それこそ、アートバブル全盛期の時に。

リナさん
それは、どういうきっかけで入社されたんですか?

もふくちゃん
ネット上にWebサイトを持っていて、自分の卒業制作の作品を載せていたら、ギャラリーの人に「君の作品、おもしろいね」って声をかけてもらって。それで、ギャラリーに行ったら「君、すごくいいから明日から働きなよ」って言われてそこで働くことになりました。

リナさん
ギャラリーでは、具体的にはどんなお仕事をされていたんですか?

もふくちゃん
ほぼ初日から、「明日某有名ブランドに香水のプレゼン行くから企画書作っておけ」って言われて、「企画書って何ですか?」って聞いたら「そんなの自分で考えろ!香水とアートでいい感じにしておけ」って(笑)!

リナさん
すごい!ほんとうに漫画っぽいですね(笑)。

もふくちゃん
そう、他にも色々あって(笑)。いつかドラマの原作にする、と思ってます(笑)。そのためにあの辛いことを耐えてきたんです(笑)。でも、いま思うと、あの会社でのできごとがものすごいスピードで自分を成長させてくれたなと。その頃、運転手もしていたんですよ。左ハンドルのベントレーの。20歳で免許を取ってそれまでペーパーだったのに、漫画みたいに鍵を投げられて「これ運転してきて」って言われて、六本木の通りでホイールを擦っちゃって「20万円」って…。

170307_03

当時はヒルズ族の人とかがアートをいっぱい買っている時代で、クラブとかに行くと芸能人とかIT企業の社長とかがいて「ここからここまで、全部作品買うよ」という感じで。そのあと納品しにいくんですけど、それはそれはリッチなところに住んでいるんですよ。そのおかげでいろんな世界を知れて、お金持ちはこういうことをしているからお金持ちなんだとかいうことがわかったりして、それを感性の鋭い若いうちに見れたことがすごく良かったですね。

リナさん
ちょっとカルチャーショックというか…。

もふくちゃん
そうなんですよ、毎日がカルチャーショックで。だから私は、若いうちに色々な世界を知り、一流のものに触れることがすごく大切だと思っています。いまも若い子たちをなるべく「こんなところ、来たことない」というようなところに連れて行ってあげたいなと思っています。その時のことは絶対に忘れないと思うし、徐々にステップアップしていくんじゃなくて一足飛びでその景色を見ちゃった時の衝撃はすごい。ほんとうにアフリカの奥地の人間が、初めて文明に触れたような…。それが、自分のキャリアにすごく大きな影響を及ぼしましたね。それを見てなかったら、私はお金持ちに憧れていたと思うんです。でも、そういう世界を見られて、自分はこっちの世界じゃないなと思ったんです。

リナさん
お金持ちやセレブの人たちがいる世界を見て、「自分はこっちの世界じゃないな」と思ったのはなぜだったのでしょうか?

もふくちゃん
やっぱり、しんどいと思うんですよ。自分が向いていないだけで、そういう世界に向いている人はいると思うんですけど……。ここでしのぎを削るのもかっこいいけど、自分はちょっと難しいかなと。お金持ちの疑似体験というか…それでもうお腹いっぱいかなという感じでしたね。

リナさん
若いうちにそんな経験、なかなかできないですよね。ちょっと特殊な経歴だったと思うんですが…その後に、出版社に入社されたということですね。

もふくちゃん
はい。ギャラリーを辞めたあとは、ニートみたいになって次に何をやろうかなと考えたら、やっぱり自分はアイドルとかグラビアとかが好きだなって思ったんですよね。

そんな時、友達だったカメラマンの子が「同じ芸大の先輩で出版社にいる人がいるよ」って紹介してくれました。そうしたら「プログラミングができる人を探していたんだよ」となって入社しました。最初は『nicola』っていうティーン向けの雑誌のWeb担当になって…。

リナさん
うわ〜!私、よく読んでいました。

もふくちゃん
私もよく読んでいたから、嬉しくって。その時、同時に『月刊シリーズ』というグラビア雑誌の編集のお手伝いもさせてもらったのですが、その時のことは今の仕事にけっこうつながっているなあと。撮影ってこういう風にやるんだ、とか、タレントの事務所ってこういう仕事、とかがわかったので。

リナさん
『nicola』って中学生くらいの若い子向けですけど、今のお仕事も中高生向けのアイドルだったり、けっこう通じている部分がありますね。

もふくちゃん
そうですね。それで2006年とか2007年、メイド喫茶のブームがすごかった時期に、それを見に行ったら衝撃を受けたんです。そのうちにだんだん、こんなことをやりたいというものが何となく見えてきて。当時、秋葉原はすごくおもしろい街だったのに、アート関係の人達からは「別物」と見られていて。これは私ができることがあるなと。それで、出版社で働いているときに、『ディアステージ』立ち上げチームとの出会いがあり、2007年頃にお店がオープンしました。当時、24歳でした。

リナさん
すごいですね!会社に勤めながら、お店を始めたんですか?

もふくちゃん
そうです。最初はお金もなかったので、副業みたいなかたちでやっていました。

リナさん
お金はどのように工面されたんですか?

もふくちゃん
貯金もしない性格で自己資金もゼロだったので、最初は1日3万円で借りられるスペースを借りて、イベント営業的に始まりました。当時、メイド喫茶バブルだったので、そこに「次はアイドルが来る」っていうことで、メイド喫茶とアイドルとライブハウスの合いの子みたいなものをやったんです。それが思ったよりもウケて、人がどんどん入るようになって。

170307_04

それで半年後に今の物件を見つけたんですけど、初期費用もろもろで2,500万円かかると言われて…。

それで、まずは銀行に行ったんですよ。それで「2,500 万円貸してください」って言ったんですけど「まだ決算もしてない会社にそんなに出せない」と言われて出て行って。

そこで何をしたかというと、色々調べて “お金貸してくれそうな会社リスト”を作ったんです。そのリストに挙げた会社の代表電話に片っ端から電話をしていって。「すごくいい案があるんで、会ってください」って…。

リナさん
すごい!一流の営業マンですね。

もふくちゃん
意外とみんなけっこう話を聞いてくれました。
ある有名なIT企業に、いっしょにお店をやっていた子と2人で話をしにいった時、「世の中には議事録っていうものがあるらしいから、お前は議事録をとる係になれ」って言って。その友達が「議事録なんてとったことないけど、大丈夫?」って言ったんですけど、「メモするふりしていれば大丈夫」っていうことになって会社に行きました。そうしたら、副社長が出てきて。その友達がとった議事録がまたおもしろいんですよ。「ここで一同笑う」とか書いてあって、そこはいらないでしょ、と(笑)。「張り詰めた雰囲気」とか「ここでもふくが、ひと言」っていう感じで、肝心なところが何も書いていないんだけど雰囲気は伝わる、みたいな…。

結果的にお金は出してもらえなかったんですけど、アドバイスはたくさんしてもらえて。「これからも上から順に電話していこう」ってことになり(笑)。

そうしたら、わらしべ長者のように色々な紹介から、色々な出会いがあり、結果、2,500万円を融資してくださる人が現れ、お店を借りられたんです。
最初は儲からなくて、辛い時期が続きましたね。4年間くらい儲からなかったので、その時はもう無理かなあと。さらに、大震災があったり、その前には秋葉原の殺傷事件があったりで秋葉原全体のイメージが落ちちゃって元気もなくなっちゃって…。ほんとうにいろいろあって、でもそれを何とか乗り越えて。まあ、今ならこうして簡単に言えますけどね。

それで、『MOGRA』を作ったりもしました。実は、この『MOGRA』が最初に1日3万円で借りていた場所で。経営が苦しいながらもなんとか『MOGRA』を作って、ここは『ディアステージ』よりも先に有名になって売れるようになりました。

 

みんなが共感できるアイドル、でんぱ組.incの誕生

もふくちゃん
『MOGRA』は小箱のライブハウス、というかDJバーというか…DJがいて、お酒を飲んで盛り上がるようなお店です。もちろんいわゆるダンスミュージックもかかるんですが、普通のお店と違う点は、アニメソングやゲームソングとか、オタクの人たちが好きな音楽がかかること。それまではオタクでも行きやすいクラブ、みたいなのがなくて、それも秋葉原という立地にできたので、盛り上がりましたね。

リナさん
そんな風に「次はこれが来そうだな」という感覚は、どういうところから来るんでしょうか?

もふくちゃん
赤ちゃんみたいに、単純な発想なんですよ。渋谷にはクラブがある。新宿にもいろいろライブハウスがある。六本木にもクラブがある。なのに、こんなにも人がいる秋葉原にはクラブがないと気づいて、こんなにも人が来ているんだったら、ライブハウスを作れば人が入るなと。
毎日秋葉原に行って人の動きを見ていると、どういう人がどういう趣向でどこに集まっているのかがわかるようになるんですよね。だから、ずっと同じ場所にいて定点観測をし続けたことがよかったんだと思いますね。

リナさん
なるほど。それで、見事当たった!ということなんですね。

もふくちゃん
『ディアステージ』も、秋葉原で毎日遊んでいた人たちが集まって、みんなが「こういうお店絶対楽しいよね!ほしいよね!」っていう、自分たちが楽しめる場所という感じで。
でも『ディアステージ』は不遇の時代が長かったので、最初は当たったとは思えなかった。でも、そこで働いていた女の子たちがでんぱ組.incとしてメジャーデビューすることができて、だんだんファンも増えていって、彼女たちが武道館でライブをするようになった時くらいから、ようやくお店にも人が入り始めて…。そのくらいに、ようやく息ができるようになったというか…(笑)。

リナさん
このでんぱ組.incは、『ディアステージ』で働いていた女の子たちが「アイドルをやりたい」って言って始まったグループなんですよね?

もふくちゃん
そうです。メンバーのみりんちゃん(古川未鈴さん)が「もふくちゃん、私アイドルやりたいんだけど」って言い始めて、メンバーを集めてできたのが、でんぱ組.incですね。

リナさん
その時が、音楽プロデューサーとしての初めての仕事だったと思うのですが、経験がない中どうやっていこうと思ったんですか?

もふくちゃん
経験がないので、とにかく周りの人に聞いていました
『ディアステージ』を始めた時も全部が初めてで、知っている人に「伝票ってどうやって書くの?」とか「決算ってどうやってやるの?」とか聞いて、見よう見まねで始めて。だから、アイドルプロデュースもこんな感じかな、とまさに手探り状態で始めました(笑)。
音楽も自分の好きな人に頼めばいいよね、とか。作家の人に「あなたの音楽が好きなので、曲を作ってください」とお願いするところから始めて…。

170307_10
だいたい同じパターンですよね、突然突撃するという(笑)。衣装も「衣装作れる人を探してるんだけど、周りにいない?」って聞いて、紹介してもらって。それで、あとは何がいるかなあって考えて、ダンスもいるよねってなって。でも、そういうのはメンバーからアイデアをもらって、「振りつけできる人がいるよ」とか「作詞はこの人がいい」とか言って、メンバーと手作りしてきたという感じですね。みんなでゼロの状態から始めていって、ほんとうに1ミリずつステップアップしてきました。

リナさん
でんぱ組.incがこんなに大物になると想像されていましたか?

もふくちゃん
うーん…。メジャーデビューする直前くらいからは、これは売れそうだなっていう自信が自分の中でありました。でも、正直言うと、最初はそんな風には思っていなくて、目の前にあるものをやるだけだったんですよね。

リナさん
アイドルを商品の1つだと捉えた時、マーケティング的に考えて「ここの市場が空いているから、こうしよう」とか考えながらプロデュースをされているんですか?

もふくちゃん
意外に思われるかもしれないんですけど、けっこう考えているんですよ(笑)。『MOGRA』を作る時も、アニメソングのイベントとかにかなり行って「○月○日の土曜日の深夜で◯人入ってるぞ」とかいろんなイベントに行きまくって。

リナさん
すごーい!なんか刑事みたいですね(笑)。

もふくちゃん
そう!意外とリサーチするんですよ。でも、それは好きだからできる
別にリサーチをしようと思ってしているわけじゃないんです。

好きだからガン見するんですよ、アイドルも。
「この曲には、違う服の方がいいんじゃないか」とか「この曲にこの歌詞は合わないな」とか、だんだん不満がたまっていって「私が作る!」という感じで、アイドルプロデュースも始まったんですよ。

当時、思っていたのが“アイドルは男性のもの”だなあって。男性のプロデューサーがついて、「あなたが好き」みたいなことを聞くのはもうしんどい!「おじさんの気持ちなんていらないから!」と思って(笑)。

その頃、ももいろクローバーZが出てきた頃で「これは次の波が来てるぞ」と。“努力”、“友情”、“勝利”、とか“共感”とかが、みんな好きだなって。
甲子園とかも、みんな好きじゃないですか。その時に思い出したのは、出版社にいた時に隣の席にいた年上の女性が甲子園の時間になるとテレビを観て泣いているんですよ。その時もその人をガン見して、この人の涙を誘っているものは何だろうって考えていたんです。それが、一生懸命やっていることなのかなと。

「私は一生懸命にやれることがないけど、一生懸命がんばっている人を見たいな」とか、「今は家に引きこもっているけど、ほんとうは外に出てなんかやりたいな」とかいう人が共感できるものが求めている時代なんだなって思ったんですよ。自分自身も含めて、そういうものが見たいと思って。それで、女の子が作る女の子のストーリーみたいなもの…弱小チームが強豪チームに打ち勝つような物語を作りたいなって。

うちの強みは、ベンチャーであることだと思うんです。
芸能界で成功しているのは、ほとんどが大手のプロダクション。そんな中で、うちみたいにお金を持っていそうな企業に順番に電話をして作ったような小さな会社が、武道館まで行ったらおもしろいなって。単純に自分がおもしろいなと思えるストーリーだったという感じですね。

リナさん
いやあ…ほんとうにすごいですね。

もふくちゃん
雑なんですよ。マーケティングとかって今はかっこよく言っているけど、当時はマーケティングしようと思ってやっていなくて、ただ好きだったからやっていた。好きだったから、ガン見していた。でも、その“ガン見力”みたいなものがよかったのかなと思います。

 

凝り固まった業界にこそ、ビジネスチャンスがある

リナさん
周りに知ってもらうためのプロモーションはどのようにされたんですか?

もふくちゃん
驚くほど宣伝はしていないんですよね。広告という広告を1回も打たずにここまで来ました。
これも、SNSがこれだけ広まっている世の中だからできたことだと思うんですよ。昔から、やっぱりイノベーターやアーリーアダプターがめちゃくちゃ熱狂したものがどんどん広がるなと思っていて…、当たり前のことなんですけど(笑)。

ももいろクローバーZもどうして売れると思ったかというと、当時アキバの片隅でライブをやっていて、ももかちゃん(有安杏果さん)が「今日から入りました、ももかです…」って言って緊張のあまり泣き出しちゃう、みたいな現場に行っていて。それでパッと周りを見回したら、私がモーニング娘。のオタクをやっていた時代の猛者たちがいたんですよ!

リナさん
私もモーニング娘。のファンクラブ、小学生のとき入ってました!(笑)

もふくちゃん
ええっほんとうですか!それで、この人もあの人もっていうくらい有名なオタクばっかりがいて。「この現場、オタクのアーリーアダプターだらけだ!」って(笑)。これは、売れるなと思ったんです。
でんぱ組.incもどうしてイケると思ったかというと、最初にファンになってくれた人たちが一流のアーティストだったんですよ。有名な写真家さんとか世界的な画家さんとか。それこそイノベーターですよね、そういう人たちって。その画家さんは『ディアステージ』にハリウッドの映画監督を連れてきたり、ハリウッド女優を連れ来てくれたんです!オープンしたてのゴミ溜めみたいな『ディアステージ』に!

リナさん
ゴミ溜め…(笑)。

もふくちゃん
もう、びっくりしちゃって!それで、でんぱ組.incといっしょに写真を撮ってもらって。『ディアステージ』にそういう人たちが来てくれたことは一生忘れないです。

170307_07

でも、そういう人たちが喜んでくれたっていうことで、やっぱり自信を持てたんです。それに、この人たちが「いいね」って言ってくれているなら、自動的に広まるなと思ったんです。イノベーターの人たちって、周りの人をたくさん連れてくるんですよ。それで、周りの人たちも感性が似ているから「これはいいよ。最高!」といってくれて、その熱がじわーっと広がっていきました。

リナさん
イノベーターたちの心をつかんだ理由は何だったんでしょうか?

もふくちゃん
それは、“文脈”だと思います。説明が難しいですけど…。

コンセプトなんですよね。ちょっと言い方が悪いかもしれないんですけど、普通はマーケティングって真似することが正解だと思うんですよね。1番に始めた人は実はそんなに儲からなくて、2番手、3番手が儲かる、みたいな。

リナさん
なるほど。

もふくちゃん
でも、イノベーターの人たちはその最初を見ていて、古いテクノロジーと新しいイメージを合体させるような、そういう文脈遊びが好きだと思うんですよ。だから、これまでの歴史をきちんと引いておきながら、新しい言葉を注入する、みたいな。

それこそ、アーティストってみんなイノベーターじゃないですか。
だからイノベーターの中のイノベーターはアーティストだと思っていて。その人たちを見ていると、ちゃんと歴史的な文脈と今っぽいことをうまく融合させたところに新しいものを作っている。それをずっと繰り返しているんですよね。

だから、私もそれを第一人者としてやりたいと思ったんです。
秋葉原のお店として、アイドルとアートを掛け合わせるということも最初にやれたと思う。これまでアイドルは、ファッションともアートとも交わることはなかったから、逆にそこにチャンスがあると思ったんです。半分は感覚的に、もう半分は“ガン見力”によってそれができたのかなと。

リナさん
おもしろいですね。“アイドル×アート”とか“アイドル×ファッション”にイノベーターの人たちが共感してくれて、口コミで徐々に広がっていったということですね。

もふくちゃん
はい。昔ながらの古い概念を新しくすることが大事だなと思っていて、そこにチャンスがあると思うんです。当時、「アイドルはダサい」とか、「アイドルは男の人のもの」という凝り固まったイメージがあったんですよ。でも、そういうところにこそビジネスチャンスがあって。イノベーターだけではなくて一般の方も含めて「えっこれって何?」という風に、振り向く瞬間を作ってあげるというか。

売れているものってどれでも、実は違和感があるものなんじゃないかと思っていますね。「何か、変!」というものがないと通り過ぎちゃうんですよ。

リナさん
なるほど。もふくちゃんの『Wikipedia』を見たら、“でんぱ組は壮大な実験”とあったんですけど、これってどういう意味なんですか?

もふくちゃん
誰もやったことのない“アイドル×ファッション”をやり続けて、どう世間に思われるのかを見ている感じです。

でんぱ組.incは“初めて”のことをたくさんやりましたよ。Beastie Boysのカバー曲を出して、これもアイドルがBeastie Boysの曲を歌ったっていうだけですごくニュースになって。
その時、一般の人たちはあんまり反応しなかったんですけど、やっぱり音楽ファンのアーリーアダプターが「アイドルがそんなことやってるのか!?」って一気にこっちを向いたんですよね。

それに小沢健二さんのカバー曲も出していて。これもちゃんと文脈があるんです。

渋谷でファッションショーがあって、そのショーにでんぱ組.incが出て公園通りを練り歩くことになったので、「それなら、オザケン(小沢健二さんのこと)の“公園通りを歩く”っていう歌詞が出てくる曲をやるしかない」となって。
その時はお客さんが30人くらいしか来なかったんですけど、後からじわじわとパンチが効いてきて、いまだに言われる。実際見た人は数十人でも、その事実が今や何千人以上もの人に伝わっているというのを見ると、ちゃんと文脈がしっかりしているものは後々にも残るなと。その時流行らなかったとしても、いつかは流行ると思っています。

リナさん
もふくちゃんは、新しいことをやりたいからやっているのか、それともイノベーターの人たちを振り向かせたいからやっているのか、もしくは自分たちがやりたいからやっているのか…その辺りはいかがですか?

もふくちゃん
そうですね…。自分たちがやりたいからやっているのが半分以上あるなと思います。
さっきも言ったけど私は飽きっぽい性格なんで、ずっと同じことをやっているより新しいテクノロジーやものが好き。だから同時に、私も新しいもの作りたい。自然とそういうことになっていますね。

リナさん
それはもふくちゃんだけではなく、チームのみんなもそうだったのでしょうか?

もふくちゃん
いや…、私以外みんなもっとしっかりしてて、保守が多いんですよ(笑)。私だけがいつも突っ走っていて、そこに周りのみんながブレーキを踏んでくれているんです。それで、なんとかギリギリ事故にならない。多分、私1人でやっていたら10回くらい事故に合っていると思う。周りでちゃんとブレーキを踏んでくれる人たちに支えられてなんとかやっていけている、みたいな。

企画も、今は私が偉そうに「私が考えてやった」とか言っているけど、飲み会とかでいいアイデアが出て、それをさらにみんなでブラッシュアップして世の中に出したり。だから、全部自分のアイデアではないです。自分のアイデアでもボツになったものはあるし、他の人が出してくれたアイデアで良かったものを採用したこともあるし。

 

数字ではなく、中身を見て判断してくれる人と仕事したい

リナさん
今、でんぱ組.inc以外のアイドルのプロデュースをされていると思うんですけど、時代によって売れるアイドルが変わっているのでしょうか?

もふくちゃん
そうですね。先ほども言ったようなアイドルの偏見は、今はなくなってきていて、最初の頃より印象がよくなってきています。でも、だからこそ今のアイドル業界はなんでもアリになっていて個性的なことをしたり、突飛なことをしたりすることが当たり前になってきているから、難しい時代だなと思いますね。
自由さは増えたけど、目立つチャンスみたいなものはないのかなって。

リナさん
人をプロデュースする上で、大変なことはなんですか?

もふくちゃん
うーん…全部、大変ですね(笑)。だから、みんなどうやっているのかなあって思います。でも、同じくみんな苦労しているんじゃないかな。やっぱり、人間が1番コンテンツとして扱いにくいものですよね。

リナさん
人って、大変な分パワーがあると思っていて。
私は普段SNSのコンサルティングのお仕事で、いろんな企業さんにアドバイスをしたりするんですけど、結局「“人”だよね」ってなることが多いんですよね。

170307_06

コンテンツがどうであれ、それを使う人によって全然効果が違うので。だから、扱うのは大変だけど、“人”っておもしろいメディアだなって思います。

もふくちゃん
ほんとうにそうですよね。私も仕事をしている時に、1番気をつけているのが、ブランドではなくて“人”を見て仕事をすること
「この会社は大きいからいっしょに仕事をしたい」では、絶対に痛い目を見るじゃないですか(笑)!だから、どんなに小さい会社でも“人”がよければいつか売れるし、いい仕事になる。だから肩書きとかでは絶対に判断しないし、名刺もなるべくもらわないようにしているんです。私もあげないし。だから、今日も最初私は嫌がったでしょ(笑)。

リナさん
あ!言ってくださいよ!(笑)

もふくちゃん
いやあ、それはなかなか時間が経たないと言えない(笑)。20代の頃は名刺を集めることに精を出していたんです。私はこんなにネットワークがある、とか、知り合いがこんなにいっぱいいる、とか…。

でも、30代になって今も付き合いがある人って結局そういうことじゃないな、って。
人生の中で深く付き合える人って、そんなにいない。だから「いま、私が持っているカードで十分だな、戦えるな」みたいなね。これ以上新しいネットワークを広げていくっていうよりは、いまいる人たちといっしょにやっていこうとか、若い人たちの育成の方にいこうとか。だから、結局“人”なんです。

でんぱ組.incのメジャーデビューの時に、いろんなレコード会社が「うちでCDを出しませんか?」って言ってきてくれたんですよ。4社くらいあって、その全員と話をして。
そのうちの3社は「いま、動員何人くらいですか?」っていう風に数字を聞いてきた。「いままでどれくらいCDが売れてどれくらいの実績があるんですか?」とか。でも、当時なんてCD200枚しか売れてなかったし、動員だって数十人ですよ(笑)!実績聞くほうがヤボじゃないですか。でもそれを聞いてこなかったところが1社だけあって。それが、トイズファクトリーの社長だったんですよ。これまでもゆずとかMr.Childrenとかを見つけてきた人だから、審美眼が自分の中にあるんでしょうね。会った瞬間に「君たちはおもしろい。ここに絶対ムーブメントができる!」って言って。

リナさん
かっこいい…!
SNSの仕事をしていると、インフルエンサーマーケティングみたいなものがすごく流行っていて、いろんな企業さんたちがインスタグラマーを欲しがっていて、インスタグラムのマーケティングをやっているような会社も数字だけで判断して数字の多いインスタグラマーを使う。でも、数字が多くても売れない人は売れないし、だから数字じゃないっていうのは、すごくわかりますね。

もふくちゃん
数字じゃないんです。でも、普通の人は審美眼がなくて数字でしか判断できないから、かわいそうなんですよ。ほんとうに審美眼がある人は、ゼロでもマイナスでもいいってわかるから、そういう人と仕事をしないと売れていかないというか。
だから、なるべくそういう風にしてきたと思いますね。女の子のスカウトとかも、全然かわいくなくても心の目で見て「磨けば光る!」っていう感じでスカウトしているから。
そうすると、不思議なことにコストもかからない。審美眼があると、変なマーケティングしなくてもいいし、時間もかからないし、すべてにおいて楽なことしかないんですよね。

リナさん
今も、スカウトはされるんですか?

もふくちゃん
そうですね。今も歩いていて声をかけたりはしますよ。
だから、変な人ですよ。最近この歳になってから、なにも怖いものがなくなってきて最強の人物になってきたんです(笑)。知らない子どもとかもよく叱っているし(笑)。だいたい日本人って言いたいこと言えないじゃないですか、だから私が言ってやるって感じで。

リナさん
審美眼でスカウトをする時、どういう方にスカウトをしているんですか?

もふくちゃん
言っていることがおもしろい子とか、あとは体型がいいなとかね。審査の時に、膝のかたちがいいから合格とかありますよ。

リナさん
ええっ!

もふくちゃん
膝を見るとだいたい、その子が痩せやすいタイプなのか、太りやすいタイプなのかがわかるんですよ。膝小僧って、きれいな子と汚い子、いろいろいるじゃないですか。かたちはきれいだけどケアしてないなとか。女性ならわかると思うけど、顔ってヘアメイクでほぼ決まっちゃう。それこそインスタグラマーとかを見ていると、顔の造形よりもプロデュース力が大事だと思いませんか?

リナさん
それはありますね。

もふくちゃん
だから、顔が60点とか50点でも、プロデュース力とか面白味が100点だったらとっちゃうんです。

 

少子化の時代だからこそ求められる、教育の場を作りたい

リナさん
最後に、今後のビジョンがあれば教えていただけますか?

もふくちゃん
私は20代の頃から、30歳になったら引退をしようと思って仕事をしてきました(笑)。
20代は、365日24時間と言ってもいいくらいに働いてきたので、30代になってからはほんとうに働いていなくて…。週3くらい働くと「今週は働いたなあ」って気持ちになる。それは、やっぱりいいですね。そんな働き方がみんなできたらいいなと思って、その第一線として私が歩んでいくぞという気持ちでがんばっているんですけど、最近はちょっと忙しくてダメですね。だから、いま考えているのは、不労所得で暮らしていくこと(笑)。

それは冗談にしても、教育みたいなものにすごく興味があります。少子化が進むからこそ逆に、教育の質が求められるんじゃないかなと。子どもたちに向けて少数精鋭の変な学校を作りたいなって。

リナさん
おもしろいですね。

もふくちゃん
そう。50人しかいないけど、全員スーパーハッカーに育てるとか。そんな野望を持った高校とかをIT企業の人たちと組んでやりたいなというのがいま考えていることです。あとは、クリエイターが不毛な状況になってしまっている環境を打破したいっていう思いもあるので、そういうクリエイターのための学校も作りたくて。
あとは、趣味でサウナがすごく好きなので…。

リナさん
“サウナー”ですか?

もふくちゃん
はい、週4とかで行きます。最近はサウナに行くために働いているようなもので。サウナってストレスがあった方がいいんです。でも最近の私はほんとうにストレスがないから、あえて自分を追い詰めてからサウナに行くっていうことをしていて(笑)。だから、サウナをプロデュースしたいっていうのがひとつの目標としてありますね。

リナさん
いいですね、自分の好きなものをやるってことですね。

もふくちゃん
はい。サウナこそ、男性のものになっているじゃないですか。

リナさん
確かに、“サウナー”って男性にしか会わないです!

もふくちゃん
「ギラギラの脂ぎったおじさんが行っているところでしょ?」みたいな。実際に、男性専用のサウナばっかりでイケていないんですよ。だから、女性のためのイケてるサウナを作りたいなって。水風呂の温度は何度で、とか、タオルはこのブランドで、とか、そういうのをすごく妄想しています。思っているのと思っていないのとでは全然違うじゃないですか。言霊ってほんとうにあると思っていて。だから、こういう場でなるべく言っています。昔から、冗談で言っていたことが現実になるってことがあるから。

170307_08

音楽プロデューサーとしての夢はビヨンセのプロデュースをしたいっていうのがあります。でも、目標は週3日勤務。

リナさん
ビヨンセのプロデュースできたら、すごいですね!

もふくちゃん
そうでしょう。やっぱりスーパーボウルとか見ていると、あれをやりたいなって思うんですよね。いま、学生の頃に英語を勉強しておけばよかったって後悔しているんです。だから、いま英語の勉強を始めようかなって思っているんです。それも、ビヨンセのためにビヨンセ用の英語をね(笑)。

リナさん
楽しみにしています(笑)。ありがとうございました!

 

こうして、もふくちゃんリナさんの女性のキャリアについて語らうトークセッションが終わりました。もふくちゃんの波乱万丈なこれまでの人生のお話に、参加者の女性はたくさんの刺激を受けられたのではないでしょうか?いつかドラマになることを期待したいですね!もふくちゃん、本日はほんとうにありがとうございました。

次回は、日本初のクラウドファンディングサービス『READYFOR』を立ち上げた、米良はるかさんにご登壇いただきます。その後も、普段はお話を聞くことのできない貴重な方にゲストとして登場いただく予定になっていますので、興味のある方はぜひ『WOMAN CAREER Lab.』に参加してみてください。